人の腸内には無数の腸内細菌が生息しており、その様はしばしば花畑に例えられ、『腸内フローラ』と呼ばれることもあります。人体と腸内細菌はお互いに影響を及ぼし合う共生関係にあります。そんな腸内細菌が住む腸内の環境悪化は腸内細菌に悪影響を及ぼし、人の健康にも大きな影響を与えます。

今、日本人の腸内環境はどんどん悪化している

実は、我々日本人の腸内環境は、年々悪くなっていると言われています。日本人の腸内環境の悪化は、腸内環境の良し悪しを計る一つのバロメータである、大便の量の推移から探ることができます。

便の成分は殆どが水分ですが、残りは腸内細菌とその死骸、食べ物のカスや剥がれ落ちた細胞の残骸などで構成されており、便の量から腸内細菌の数を計ることが出来るのです。

腸内環境の良し悪しで、便量に変化が
腸内環境が整っていれば腸内細菌が増えるので便の量も増え、逆に、腸内環境が悪くなると腸内細菌は減ってしまい、便の量も少なくなる、という見方が出来るのです。

戦前と戦後では日本人の便量は半分ほどに
戦後の日本では急速に食の欧米化が進み、戦前は一日27gほど摂取していた食物繊維が、現在では12g程度まで落ち、便の量も戦前の一日350gから現代は200g以下まで減ってしまいました。

食物繊維の摂取量や便の量の減少と時を同じくして、日本人の腸内環境は年々悪化しているといいます。

近年の研究では、日本における食生活の変化に伴う便量の減少と、うつ病や自殺者数の増加、大腸がん発症者数の増加、アレルギー発症者の増加などは、腸内細菌の減少と腸内環境の悪化が深く関係していることがわかってきました。

便の量と食物繊維の摂取量が減少

現代と過去の日本人の1日の便量を比較すると顕著な差が見られます。戦前の日本人の便量はおよそ350gほどあったそうですが、現代人では150g~200gほどまで減少しているそうです。便量が減った背景には、肉食を中心とする食の欧米化と食物繊維の摂取量の減少が挙げられます。

便の量と腸内細菌の数、そしてそれらと心の健康との関係を表す一つの逸話として、メキシコという国がよく引き合いに出されます。

「メキシコ人」と言うと、陽気なラテン系で悩みとは縁がない人が多そう、と想像してしまいますが、実際メキシコ人の自殺率は世界で最も少ないのです。

そして、そんなメキシコ人の食物繊維の摂取量も世界一で、日本人の3倍程度も摂取しているそうです。

食物繊維は善玉菌のエサになり、善玉菌を増やします。すると、脳内の神経伝達物質であるセロトニンドーパミンなどの分泌が活発になります。

セロトニンやドーパミンは抗ストレス作用を持ち『幸せホルモン』などとも言われます。食物繊維を多く摂るメキシコ人は、腸内の善玉菌が多く、幸せホルモンであるセロトニンやドーパミンも多く作ることができるので、いつもポジティブで陽気にいられるのです。

では、日本はと言うと、戦前は27gほど摂取していた食物繊維が、現在では12g程度まで落ち、便の量も350gから200g以下まで減ってしまいました。

セロトニンやドーパミンの減少がうつ病者数の増加や自殺者数の増加に関係していることは、最近よく言われていることですが、その背景には、食の欧米化や食物繊維の摂取量の減少、腸内環境の悪化、腸内細菌の減少があるのです。

腸内環境の悪化による悪影響

実際に腸内細菌が減るなど、腸内環境が悪化してしまった時に、私たちの体にどのようなことが起こるのかを幾つかご紹介します。

便秘や下痢をしやすい

腸内環境が悪化した時にまず起こるのが、便秘下痢です。便はほとんどが水分で、残りは腸内細菌とその死骸、食べ物のカスや剥がれ落ちた細胞の残骸などで構成されています。

偏った食事やストレスなど、何らかの原因で腸内細菌が減ったり、善玉・悪玉菌のバランスが悪くなると、大腸の水分を吸収する働きが衰えたり、便を排出するぜん動運動の力が弱くなり、便秘や下痢をしやすくなります。男性の場合は下痢を発症する割合が多く、女性の場合は女性ホルモンの乱れによって便秘が多いことが分かっています。

数日間以上、便秘または下痢が続く場合は、腸内環境の悪化を疑ったほうが良いでしょう。

シミやシワの増加

シミやシワに代表される肌トラブルは体内で発生する活性酸素が大きく影響しています。悪玉菌が増えて腸内環境が悪化すると、腸内で発生する有毒物質や活性酸素の量が増えます。活性酸素が増えると、細胞がダメージを受けて、シミやシワの原因となるのです。

また、女性ホルモンであるエストロゲンと似た働きをするエクオールという物質は、大豆などに含まれるダイゼインという物質を、腸内細菌が代謝することで生まれます。

エクオールには、エストロゲンが持つコラーゲンを生み出す作用を補う効果があると見られ、女性ホルモンが減少する更年期障害の症状緩和などにも期待される物質ですが、エクオールも腸内環境が悪くなると作りにくくなってしまいます。

脂肪を貯めこみ肥満になりやすい

日和見菌の一種であるバクテロイデス門は、血中の脂肪が細胞に取り込まれるのを阻害する『短鎖脂肪酸』を生成してくれることと、腸内環境が悪化するとバクテロイデス門は減少してしまうことが分かっています。

バクテロイデス門が減少すると、代わりに勢力を伸ばすのがファーミキューテス門という日和見菌の種類です。ファーミキューテス門は、バクテロイデス門よりも食物からエネルギーを回収する能力に優れた細菌種で、言い換えると、エネルギーを体に脂肪として貯めこみやすい性質があります。ファーミキューテス門は、肥満体型の人の腸内に多いことがわかっており、別名『肥満菌』と呼ばれることもあります。

詳しくは『腸内細菌と肥満の関係』をご覧ください。

体臭や口臭の悪化

腸内環境が悪化すると、腸内に食べ物のカスなどが溜まり、それをエサに腸内の悪玉菌が増殖して、有毒物質や発がん性物質を生み出すとともに、それらが腐敗して悪臭を放ちます。

こうした悪臭は、便やおならの臭いの悪化だけでなく、腸壁から有毒物質が吸収されることで、血液を巡って全身に回るため、体臭や口臭が臭くなることがあります。

特に肉食に偏った食生活を送ることで、タンパク質や脂質をエサにする悪玉菌が増えやすくなります。臭いが気になる場合は、菜食中心の食生活を心がけましょう。

アレルギー症状が出やすくなる

様々な働きをする腸内細菌の中には、花粉症やアトピー性皮膚炎、喘息などのいわゆるアレルギー症状を抑える(中和する)働きを持ったものもいます。また、栄養素を吸収する腸壁には、異物や病原菌を通さないようにする『腸壁バリア』と呼ばれるバリア機能があります。

ここ数10年間で爆発的に花粉症を発症する人が増えたのは、戦後一斉に植樹された杉やひのきが一斉に花粉を放出しだしたこともありますが、我々日本人の腸内環境が悪化したことで、腸壁のバリア機能が衰えたことと、腸内細菌が減ったことでアレルギー物質に反応する抗体が作られやすくなったたことも原因の一つと考えられます。

腸の病気に罹りやすくなる

小腸に比べて大腸は老廃物を溜めたり吸収する場所であるため傷みやすく、腸内環境が悪化することで大腸が病気に罹りやすくなります。腸の病気には以下の様なものがあります。

・潰瘍性大腸炎
大腸の壁に炎症が起こる病気で、ただの下痢だと見過ごされるケースが多い病気です。自覚症状としては腹痛や下痢などの症状が起こります。良くなったり悪くなったりを繰り返し、免疫系の異常が原因の一つと考えられています。特定の細菌に過剰反応するという説もあり、悪化するとガン化するとされています。
・クローン病
15~24歳くらいの若い年齢で発症しやすい病気です。肛門周辺に痛みを感じることがあり、痔と勘違いしてしまうケースも有るようです。自覚症状として腹痛や血便が起こり、腸壁を線維化し、痔ろう、腸の狭窄や瘻孔、腸閉塞を起こすこともあります。
原因不明の炎症が多発し、大腸だけでなく小腸にも炎症が起こります。また、腸だけでなく食道や胃にも炎症が起きることがあります。
・大腸憩室
腸壁が外側へ飛び出す病気です。便秘が原因の一つで、便がたまるなどして、圧力がかかると腸壁が外へ押し出されて憩室ができます。食物繊維不足で発生しやすくなります。憩室に炎症が起こると腹痛や発熱、血便が出ます。炎症によって腸壁が線維化して狭窄や閉塞が起こることもあります。また、炎症によって腸に孔が開くと、そこから腸内細菌が漏れて腸の周囲に膿が出来てしまいます。
・腸閉塞
炎症やガンなどによって『腸が詰まること』を腸閉塞といいます。腸管同士が癒着して詰まることもあります。腸閉塞の前段階で下腹部に張りを感じることもありますが、突然の激しい痛みは要注意です。また、腸閉塞が起こると、便通が滞るため食べ物が逆流して吐き気が起きることもあります。
腸ポリープ
ポリープはイボのような突起のことを言います。潰瘍性大腸炎やクローン病など、腸壁の炎症によって起こる場合もありますし、老化現象の一環で、年を取ることでポリープができることもあります。ポリープにはガンなどの腫瘍になるいわゆる悪性ポリープと、そうではない良性のポリープがあります。ただし良性のポリープであっても、ポリープがある分だけ便が通りにくくなることがあり、便秘の原因になることがあります。
リーキーガット症候群
リーキーガット症候群とは、栄養素を吸収している腸壁に穴が空いたりすることで、言わば腸壁バリアが失われている状態を言い、本来体内に入ることのない、分子の大きなタンパク質や病原菌などが、腸壁を通り抜けて体内に染み出してしまう状態を言います。リーキーガット症候群になると、アレルギー症状を起こしやすくなるなど、様々な悪影響が生じます。
その他
・大腸がん
過敏性腸症候群
・虚血性大腸炎
・急性腸炎
・感染症
虫垂炎
右脇腹の激痛
腸の病気のサインとして要注意の症状
下痢、便秘
血便
腹痛
嘔吐
痔(痔ではなく、別の病気による腸内からの出血かも知れない)

ガンや生活習慣病に罹りやすくなる

腸内細菌が減ることでガンや生活習慣病にかかりやすくなると言われています。その原因の一つが腸内細菌が減ることによる、免疫力の低下です。人の免疫システムの多くは腸管に集中していると言われており、その割合は全体のおよそ70%程度にも及ぶとされます。

例えば人の体の中では毎日3,000~5,000個のガン細胞が発生しているとされますが、こうしたガン細胞は免疫細胞によって駆逐されているため、人はガンにならずに済んでいるのです。腸内細菌はそうした免疫細胞を活性化する役割を担っていると考えられており、腸内細菌が減少すると免疫力も弱ってしまうのです。

何らかの病気を発症しやすくなるもう一つの原因が、悪玉菌の増加による有毒物質や発がん性物質の増加です。腸内環境のバランスが崩れて善玉菌が減り悪玉菌が増えると、腸内で腐敗物が溜まり、そこから有毒物質や発がん性物質が発生します。こうした物質は腸壁を通り抜けて血管に入り、全身を巡って生活習慣病などを発生させる原因になると考えられています。

また、発生した有毒物質は、肝臓が解毒しようと働きますが、その分肝臓に負担がかかります。長期間肝臓を酷使すると、やがて肝硬変を始め肝機能障害を起こすことになります。

自殺者数の増加

近年、日本で自殺者数が増加した背景の一つに、日本人の腸内細菌の減少が影響している可能性があるといいます。腸内細菌は、セロトニンやドーパミンと言った脳内の神経伝達物質の生成に必要なビタミン群を産生するなど、うつ病の発生に関わりのある神経伝達物質の合成に関係していることが分かっています。

腸内細菌が減ると、セロトニンやドーパミンが合成される量も減り、気分の落ち込みやうつ病の症状が現れやすくなると考えられており、またそうした疾病の影響により自殺してしまう人が増えているというのです。

睡眠障害の増加

現代の日本人の5人に1人は、眠りに対して何らかの問題を抱えているといいます。そして、実際に自覚・無自覚に関わらず、多くの現代人が不眠症を始めとする睡眠障害を患っています。

睡眠障害の原因の一つとして考えられるのは、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌不足や減少です。

メラトニンは、神経伝達物質であるセロトニンが代謝して作られるホルモンで、腸内環境の悪化により、セロトニンの生成が減少すると、メラトニンの分泌も減少してしまうことが考えられます。

つまり、多くの現代人を悩ませる、睡眠に関する問題の根源は、私たち日本人の腸内環境の悪化や腸内細菌の減少にあるのかもしれないのです。

腸内環境の悪化を防ぐこと

腸内環境の悪化を防ぐことは、生活習慣病、うつ病、アレルギー疾患、ガンなど、我々現代人が抱えている様々な問題を解決するカギなのかもしれません。『腸内環境が悪化する原因』と『腸内環境を整える方法』を知ることで、そうしたリスクを減らすことが出来るのではないかと考えております。

photo credit :Shawn Henning