腸内細菌が肥満やダイエットに影響を与えている、と聞いてもあまりピンと来ないのではないでしょうか。
腸内には様々な種類の腸内細菌が生息しており、その種類は数百種類にものぼります。
腸内細菌の働きには種類によっても様々な特徴があり、その中には肥満やダイエットに関係する働きを持つ種類が存在することがわかってきたのです。

デブ菌やヤセ菌がいることを示した二つの研究

腸内細菌のある種の細菌が肥満に関わって可能性があることがわかったのは、アメリカの「ワシントン大学の研究」と「コーネル大学の研究」の異なる二つの研究からです。

ワシントン大学の研究

まず、ワシントン大学が行った研究からご紹介します。
ワシントン大学が人やマウスで行った研究では、肥満型の個体と正常型の個体の間では、腸内フローラに以下のような異なる傾向があることがわかったのです。

  • 肥満型の腸内フローラの傾向:ファーミキューテス門が多く、バクテロイデス門が少ない
  • 正常型の腸内フローラの傾向:バクテロイデス門が多く、ファーミキューテス門が少ない

●バクテロイデス門は、血中から脂肪細胞に吸収される脂肪の量を制限する『短鎖脂肪酸を生合成することから、バクテロイデス門が多いと血中の『短鎖脂肪酸』が多くなり、食事から余分なエネルギーを吸収しにくくなる(脂肪として蓄えにくい。体重が増えにくい)ことが推測されています。

●ファーミキューテス門が多いと血中の短鎖脂肪酸が少なくなり、食事からのエネルギー回収率が高くなる(脂肪として蓄えやすくなる。体重が増える)、ということが推測されています。

*バクテロイデス門(Bacteroidetes、グラム陰性細菌)やファーミキューテス門(Firmicutes、フィルミクテスとも。グラム陽性細菌)は、いずれも腸内に生息する日和見菌などで構成され、それぞれの末端種は数百種以上にも分類されます。
「門」とは、生物分類上の階級呼称の一つで、下位の分類階級に目、科、属、種などがある。
尚、グラム陽性細菌とグラム陰性細菌では、グラム陰性細菌に病原性の菌が多く、乳酸菌やビフィズス菌などいわゆる善玉菌は、いずれもグラム陽性細菌に属する。

この傾向から、以下の様なことが推測出来ます。

  1. ファーミキューテス門が多いと太りやすい
  2. ファーミキューテスを減らせば痩せられる
  3. ファーミキューテス門がデブ菌
  1. バクテロイデス門が多いと太りにくい
  2. バクテロイデスを増やせば痩せられる
  3. バクテロイデス門がヤセ菌

この傾向を利用して肥満体の人が効率的にダイエットするには、「ヤセ菌であるバクテロイデス門を増やして、デブ菌であるファーミキューテス門を減らせばいい」ということになります。

参考: アメリカのワシントン大学医学部、ジェフリー・ゴードン博士のグループの研究 – An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest

コーネル大学の研究

次にコーネル大学が行った研究についてご紹介します。
コーネル大学の研究は、ワシントン大学の研究からさらに一歩踏み込んだもので、『クリステンセネラセエ(Christensenellaceae)』という舌を噛みそうな難しい名前の細菌種が腸内に多いと、体重の維持や減少(体型をスリムに保つこと)に効果があるであろうことが明らかになりました。

ところで、肥満が遺伝するということは、昔からまことしやかに囁かれてきましたし、実際太っている人の親や子供を見ると、やはり同じように太っていた、というのは誰にでもある経験だと思います。

クリステンセネラセエという細菌に着目したコーネル大学の研究では、どのような人の腸内にこの細菌が多いか、また少ないかを、1000人ほどの人の便から分析したところ、兄弟よりも双子、特に二卵性よりも一卵性の双子に似通った結果が出たそうです。
また、一卵性の双子は必ずしも一緒に住んでおらず、離れて生活していても同じ傾向が見られたそうです。

このことから、クリステンセネラセエが多いか少ないかは食生活や生活環境の影響よりも、遺伝による影響がより強い可能性が示されました。
(※もっとも、遺伝と腸内環境の関係を調べるのがこの研究の本来の趣旨。)

これはつまり、肥満が遺伝する可能性と、肥満が遺伝する原因としてクリステンセネラセエなどの腸内細菌が影響していることを示唆していると言えます。

コーネル大学の研究結果をまとめると以下のようになります。

  • 太っている人にはクリステンセネラセエが少なった
  • 体重が正常の人にはクリステンセネラセエが多かった
  • クリステンセネラセエはヤセ菌
  • 腸内のクリステンセネラセエの多さは遺伝する可能性がある
  • 体型は遺伝する可能性がある

参考: コーネル大学の研究 – Human Genetics shape the gut microbiome

研究結果の比較

ワシントン大学の研究では、「ファーミキューテス門」と「バクテロイデス門」という、大雑把な分類でしか太ったり痩せたりする細菌種を特定できていませんでした。
一方のコーネル大学の研究が、より具体的な細菌種までを特定できたのは画期的なことだと言えます。

これら二つの研究を日常生活で例えると、

ワシントン大学の研究
「クラスの中に給食費を盗んだ犯人がいます。でも誰だかわかりません。」
コーネル大学の研究
「犯人がわかりました。クリステンくんです。」

という感じかなと思います。

二つの研究から見えてくるもの

さて、この二つの研究結果を見比べてみると「落ち」がありました。

クリステンセネラセエの分類を調べると以下のようになっています。
ファーミキューテス門 > クロストリジウム綱 >クロストリジウム目 > クリステンセネラセエ

参考:Taxonomy – NCBI

実は、クリステンセネラセエはファーミキューテス門に属している細菌種だったのです。

最初に紹介したワシントン大学の研究では、「ファーミキューテス門がデブ菌」としました。
ところが、コーネル大学の研究では、「ファーミキューテス門に属するクリステンセネラセエがヤセ菌」という、一見矛盾する結果が出たのです。
もうワケが分かりません。

話が少し脱線しますが、「バクテロイデス門」と「ファーミキューテス門」は、特定の細菌の名前を表すものではなく、何百何千という種類の細菌を包括した、細菌を大きく分類したときの呼び名のようなものだと言うことです。

これを仮に地球に住む人類全体で例えると、「日本に住んでいる人たち」と「アメリカに住んでいる人たち」ぐらいのざっくりした分け方になります。
さらに細かく分類すれば「日本に住んでいる関西人」とか「アメリカに住んでいるニューヨーカー」などに分けられるように、バクテロイデス門やファーミキューテス門にも何百種類という下位の分類が存在します。

腸内細菌を「門」で分類すると、人により割合が異なっても、腸内細菌の大半がバクテロイデス門とファーミキューテス門のどちらかに分類されると言います。
(残りはアクチノバクテリア門や、プロテオバクテリア門など)

また、この『門』は、いわゆる悪玉菌や善玉菌などを分けたものではありません。
例えば、バクテロイデス門に属する「バクテロイデス属」(ややこしいが下位の種)は、日和見菌の一種で免疫力を高める成分を生み出す作用が高い他、短鎖脂肪酸を生成するとされています。
もう一方のファーミキューテス門には、悪玉菌として知られる「黄色ブドウ球菌」や「ウェルシュ菌」などが属していますが、同時に「ラクトバチルス属」という善玉菌である乳酸菌の一種もファーミキューテス門に属しているのです。

参考:生物分類表-真正細菌

話を戻します。
二つの研究の結果から見えてくるのは、とりあえずは「ファーミキューテス門がデブ菌でバクテロイデス門がヤセ菌」という、「」という大きな分類でくくるのは無理があるということです。

同じ「門」の中でも細分化していけば、数百種という細菌種がおり、その中には肥満に影響を与える菌種もいるし、逆に体重減少に効果的な細菌種もいて、そのうちの一つが今回のクリステンセネラセエである、ということになります。

こうした細菌種は他にもたくさんいる可能性がありますし、ワシントン大学の研究で出た「バクテロイデス門が多い人が痩せている傾向がある」ということからも、バクテロイデス門の中のいずれかの細菌種が、クリステンセネラセエと同じように、体重減少効果を持っている可能性があるということは間違いないと言えます。

では総括です。

  • ファーミキューテス門の中にはデブ菌がいる
  • バクテロイデス門の中にはデブ菌がいる
  • ファーミキューテス門の中にはヤセ菌がいる
  • バクテロイデス門の中にはヤセ菌がいる
  • クリステンセネラセエがヤセ菌だろうということだけは分かった
  • 今後の研究に期待

ところで、当初、デブ菌として悪者になったファーミキューテス門は、「食物の栄養を効率的に脂肪として貯めこむことが出来る」という特性を考えると、本来は生物が生存する上で非常に優秀で貴重な菌であると言えます。

これは飽食により肥満が蔓延する先進諸国に住む我々が、自然に生きる生物とは相反する存在になってしまったことを暗示した、皮肉な研究結果なのかもしれません。

photo credit :Tripp