一見、なんの関係も無いような『睡眠』と『腸内細菌』ですが、実は密接な関わりがあります。
人の睡眠に関わる睡眠ホルモンの材料は、腸内で生合成されており、その生合成には腸内細菌が関わっています。
また、腸内細菌が生息する腸内環境は、睡眠を取ることで正常な働きが維持されているのです。

腸内細菌が睡眠ホルモンを作る

人の眠りに深い関係がある睡眠ホルモンとして知られる『メラトニン』。
メラトニンの主たる作用は、毎日の就寝時に分泌されて、人を睡眠へと誘う『催眠作用』です。
メラトニンの分泌は体内時計と連動しており、一定の生活リズムを保つ上で必要不可欠なホルモンです。

ところで、このメラトニンが毎日分泌されるには、当然ながら『材料となる物質』が必要です。
メラトニンの大元の原料は『トリプトファン』という必須アミノ酸ですが、人はトリプトファンを自分で作り出すことは出来ないため、食事からトリプトファンを摂取する必要があります。

トリプトファンの分解に腸内細菌が関与

食物に含まれるタンパク質は、様々な種類のアミノ酸に分解されますが、そうした栄養素を分解しているのが胃や腸などの消化器官です。
消化器官では胃酸や胆汁などの消化液や消化酵素が分泌され、食物を消化・分解しています。
こうした消化器官の働きに、腸内に生息する腸内細菌が大きく関わっています。

腸内細菌は、タンパク質などの栄養素を分解する際に必要となる様々な酵素補酵素、ビタミン群を生成しており、腸内細菌の力を借りなければ、人間が分解することができない栄養素が数多くあるのです。
そして、その腸内細菌の力を借りて分解される栄養素の一つが、メラトニンの原料である『トリプトファン』というわけです。

トリプトファンからメラトニンが作られるまでの流れをまとめると、以下のようになります。

  1. 腸内で、タンパク質が腸内細菌の力を借りて『トリプトファン』へと分解される。
  2. トリプトファンが『5-HTP』という物質に生合成されて脳内に運ばれる。
  3. 脳内で5-HTPは神経伝達物質『セロトニン』へと生合成される。
  4. 脳内の松果体で、セロトニンから『メラトニン』が生合成される。

このように、腸内細菌は睡眠ホルモンであるメラトニンの大元の原料となっている、必須アミノ酸『トリプトファン』の分解に関係しているため、例えば暴飲暴食や過度のストレスなどで腸内環境が悪化すると、腸内細菌の数も減ってしまい、トリプトファンを十分に作り出すことが出来なくなり、最終的にはメラトニンの分泌に影響が出る可能性があるのです。

メラトニンの分泌が減ると、体内時計が狂ったり、不眠症などの様々な睡眠障害を発生する可能性があります。
こうして、腸内細菌は睡眠ホルモンメラトニンの材料を作り出す形で人の睡眠に関わっているのです。

睡眠が腸内細菌に影響を与える

腸内細菌が睡眠ホルモン『メラトニン』の生成に関わる形で、人の睡眠へ関わっていることを紹介しましたが、睡眠と腸内細菌の関わりはそれだけではありません。

実は、睡眠それ自体も、腸内細菌の生息している腸内環境に関わっており、睡眠と腸内細菌は相互に関係しているのです。

睡眠によって腸内環境が整えられている

睡眠の効果と必要性』は様々な研究が進んでいますが、睡眠中の体の状態を調べると、脳や体はリラックスした状態にあることがわかります。

人がリラックス状態にある時、内臓などの働きを支えている自律神経系のうち、『副交感神経系』が優位に働きます。
この時、胃や腸などの消化器官の働きも活性化し、食べ物の消化や吸収が活発に行われます。
同時に、睡眠時には腸内の細胞の修復や再生も活発に行われます。

こうした消化器官の働きが活性化するのに伴い、そこに暮らす腸内細菌の働きも活性化します。

こうして、睡眠や休息により生まれる心身のリラックス状態が、胃腸などの消化器官と腸内環境を整え、さらに腸内で生きる腸内細菌の働きも正常化しているのです。

睡眠不足が腸内環境に悪影響を与える

睡眠不足になると、心身には様々な悪影響が生じることが知られています。

睡眠不足による悪影響

悪影響の一つが、副交感神経系の働きが制限されることで起こる、胃腸などの消化器官の働きへの影響です。

ストレスなどにより胃や腸の働きが悪くなると、腸内では食べ物の消化や吸収がうまく出来なくなります。
そして、睡眠中には成長ホルモンが分泌されて、多くの腸内細胞の修復や再生が行われますが、そうした細胞の修復作業も制限されてしまいます。

こうして、言わば胃や腸が弱った状態のとき、体が起こす反応やサインとして私たちが認識しやすいのが、便秘下痢といった『便通の異常』です。

胃腸の働きが弱って、便通に異常があった時、腸内ではどのようなことが起こっているでしょうか。

腸内で食べ物の消化・吸収が上手く行かなくなると、食べ物のカスが大量に発生し、食べカスが腸内に生息する悪玉菌のエサになり、悪玉菌が増殖する原因となります。

悪玉菌が増殖すると、腸が腐敗して様々な有毒物質を発生させ、善玉菌が減ってしまい、腸内環境は悪化します。

このように、睡眠が不足することで、副交感神経の働きが弱くなって、胃腸の働きも制限され、その結果、腸内環境は悪化してしまうのです。

悪い睡眠と腸内環境で悪循環が生まれる

睡眠と腸内細菌は、相互に影響を与えていると言えます。

ということは、いずれか一方が悪くなると、もう一方にも悪影響を与えるという悪循環が発生してしまうことがわかります。

例えば、腸内環境が悪くなり、腸内細菌が減ると、睡眠に必要なメラトニンの生成に悪影響が生じて睡眠に障害を起こします。
一方で、睡眠障害により副交感神経の働きが制限されると、胃腸の働きも衰え、やはり腸内環境は悪くなります。

これはどちらが先でも起こり得るトラブルであり、生活習慣の乱れがちな現代社会では、誰にでも起こる可能性のある問題であるとも言えます。

近年の研究では、腸内環境の悪化は様々な重大疾患にも繋がることが明らかになってきており、腸内環境を整えることと、そこに生きる腸内細菌を守って、良好な腸内フローラを形成することの重要性、そのためにも質の良い睡眠を取ることが、私達の心身の健康にとって、非常に重要なポイントであることがわかります。

腸内環境が悪いとうつ病にも

先のまとめでもご紹介した通り、睡眠ホルモンであるメラトニンが脳内で生合成される過程で必要なのが、神経伝達物質の『セロトニン』です。
トリプトファンからセロトニンを経て、メラトニンが生合成される過程を考慮すると、大元となるトリプトファンの合成が腸内で上手く行われないと、メラトニンを作るのに必要な、セロトニンも不足してしまうということがご理解頂けるかと思います。

セロトニンは人間の体内で様々な事柄に関わる重要な物質ですが、不足するとうつ病になるということも推測されており、腸内環境が悪化して、メラトニンが不足することで不眠症などを患っている人は、同時にセロトニン不足によるうつ病などの精神疾患も患ってしまう可能性があるのです。