脳腸相関」という言葉は腸と脳との蜜月を表す言葉として有名で、腸と脳はお互いに影響を及ぼし合っていると考えられています。第二の脳にも例えられる腸の働きには、腸内に生息する「腸内細菌」も深く関わっていることが段々とわかってきましたが、なんと、腸内細菌がうつ病にも影響を与えている可能性があるといいます。

腸内細菌の神経伝達物質への作用

現代の研究では、腸内細菌の働きは腸内への影響だけに留まらず、人間の脳や精神状態にまで広く影響を与えることが徐々に明らかになりつつあります。

腸内の細菌は脳内で作用するセロトニンドーパミンのような、精神に作用がある脳内の神経伝達物質を合成する過程で、その役割の一翼を担っているというのです。

例えば、人の精神の安定に大きく寄与しているセロトニンが合成されるには、食事により必須アミノ酸であるトリプトファンを摂取する必要があります。

食事で摂取したタンパク質がトリプトファンを始めとするアミノ酸に分解されるには、ビタミンB群が必要で、中でもビタミンB6はタンパク質をアミノ酸に分解するのに必要不可欠なビタミンです。

ビタミンB6は、食事から補給される他に腸内細菌によって生合成されており、ビタミンB6が安定して生合成されるには、安定した腸内環境が必要になることから、善玉菌の数が減るなど、腸内環境が悪化するとビタミンB6の合成も減り、セロトニンの合成にも悪影響を与えるのです。

詳しくは『腸内環境と腸内細菌

腸内細菌が精神状態にも影響を与える

腸内環境が安定していれば、アミノ酸やブドウ糖などの栄養素が体に安定して供給され、肉体の働きや精神活動にも良好な影響を与えます。

このことから、先に挙げたセロトニンの例では、腸内環境が悪化すればビタミンB6が不足して、前駆体となるトリプトファンの生成力が減少し、その結果、セロトニンの生成も減少すると、セロトニンの持つ精神安定作用の働きが衰えて、精神の暴走や落ち込みと言った不安定な精神状態を作り出してしまう、という流れが導き出されます。

また、こうした状態が長期化・慢性化すれば、うつ病などの精神疾患に陥る可能性も高くなります。

精神状態が腸内細菌へ悪影響を与えることも

逆に、脳や精神の状態が腸内細菌に影響を与えることもあります。

心身がリラックスしていると、副交感神経系が優位に働き、胃腸の働きも活性化して腸内細菌にとっても良い腸内環境を築きやすくなります。

ところが、ストレス脳の疲労交感神経系を興奮させるため、胃や腸などの消化器官の働きを抑制し、ビフィズス菌乳酸菌などの善玉菌を減少させ、逆に悪玉菌を増加させることで、便秘下痢などを招くと考えられています。

こうして、脳と腸は良くも悪くも、互いに深く影響しあっているのです。また、これらの作用を考察すると循環作用が生まれていることもわかります。健全な精神は腸内環境を良好にし、良好な腸内環境は栄養を効率的に吸収し、有益な物質へと変換させ、それがまた精神状態を良好に保つ、という好循環が生まれます。

逆にストレスなどによる腸内環境の悪化は、セロトニンなどの合成が阻害され、不安やイライラがつもり、精神状態が悪化していきます。

睡眠への影響も

腸内環境の悪化により、セロトニンの合成が阻害される場合、セロトニンから合成される睡眠ホルモン『メラトニン』の合成にも影響が出てきます。

メラトニンの合成が減れば、睡眠の質の低下や、不眠症をはじめとする睡眠障害を発症する可能性が高くなります。

詳しくは『睡眠と腸内細菌』を御覧ください。

腸内細菌は人の性格にも影響を与えているかも

近年のマウスを用いた腸内細菌の働きを調べる研究では、腸内細菌が精神へ与える影響は、性格の決定にまで及んでいる可能性が示されており、また、自閉症の症状の改善にも効果が認められたそうです。

こうした研究が進めば、将来的にはプロバイオティクスなど、人の体にとって良い影響を与える菌を投与することで、うつ病のような精神疾患や気分障害などの治療にも腸内細菌が役立つ可能性もあります。

photo credit :NIAID