キヌレニンとは、必須アミノ酸トリプトファンからナイアシンを生成する経路で代謝されるアミノ酸の一種です。
キヌレニンはチック症との関連が指摘されるほか、白内障との関連についても研究が行われてきました。
今回新たに、キヌレニンがうつ病などの精神疾患の原因物質である可能性と、運動にはキヌレニンを「解毒・分解」する効果があるとする研究結果をスウェーデンの研究グループが科学誌『Cell』に発表しました。
キヌレニンとうつ病の関係
キヌレニンについての研究では、うつ病や統合失調症、双極性障害(躁うつ病)の患者の体内で、キヌレニンが著しく増加することが確認されています。
また、キヌレニンの代謝物が、体内でグルタミン酸系とアセチルコリン系の神経伝達を抑制し、その結果、ドーパミン作動系やGABA作動系が活性されるということも分かっており、 そのことから、キヌレニンにはうつ病をはじめとする様々な精神疾患や、そうした精神疾患に関わりがあると考えられている神経伝達物質への関わりがあるのではないかと考えられるようになりました。
人体内でのキヌレニンの働きについては、まだはっきりとは解明されていないものの、キヌレニンの量をコントロールすることでメンタルヘルスの改善を目指す研究も一部で行われているようです。
運動によってキヌレニンの分解酵素が生成される
これまで運動をすることは、ストレスの発散になり、うつ病や生活習慣病などの予防にもなるとされてきましたが、運動とストレス発散のメカニズムについては十分な解明がなされていませんでした。
今回新たにわかったのが、運動をすると骨格筋で「PGC-1a1」というタンパク質が生成され、PGC-1a1がキヌレニンを分解する酵素である「キヌレニンアミノトランスフェラーゼ(KAT)」の生成を促すということです。
マウスによる実験では、普通のマウスにキヌレニンを投与するとうつ症状を示すが、PGC-1a1によって筋肉中のKAT濃度を高めたマウスにキヌレニンを投与しても、うつ症状が現れなかったと言います。
これはキヌレニンが脳に到達する前に、KATによって無害な物質に分解されるためではないかと考えられています。
また、キヌレニンが増加することでうつ病の原因になると仮定すると、キヌレニンは運動をすることで分解されるため、運動がストレスの発散やうつ病の予防に効果がある、と考えることが出来ます。
うつ病の治療や原因究明への期待
キヌレニンとうつ病との関係が示唆しているのは、これまでにうつ病の発症プロセスの一つの仮説として唱えられてきた、ストレスとセロトニンの関係や、セロトニンを始めとするモノアミン系とうつ病との関係(うつ病のモノアミン仮説)を見直すものになるかもしれません。
従来、うつ病を発症する過程で起こるのは、過度のストレスや慢性的なストレスによって、神経伝達物質ノルアドレナリンやセロトニンの欠乏や働きの鈍化であると考えられてきました。
そして、うつ病発症の入り口であるストレスへの対策こそが、うつ病の予防になると考えられてきました。
そのため、ストレスの発散には運動(つまり筋肉を鍛えたり、動かしたりすること)することで、セロトニン神経を強化して、ストレスに強い精神を作ることが重要であると考えられてきました。
今回のキヌレニンとうつ病、そして運動によるKATの生成は、従来のストレス発散によるうつ病への作用とは考え方が異なり、キヌレニンがうつ病の原因物質であるのならば、運動することでうつ病の直接の原因物質となるキヌレニンを除去、または解毒することが出来る、つまり、運動が直接うつ病の予防や治療に効果を発揮するということが証明されることになります。
(「運動をしてストレスを発散したからうつ病に効果がある」ではなく、「運動をしてキヌレニンが分解されたからうつ病に効果がある」ということ。)
また、キヌレニンとうつ病に関する研究が進むことで、これまで様々な研究が行われ、多くの原因仮説があるにもかかわらず、決定的な原因が解明されていないうつ病の研究が次のステージに進むことも期待されます。
いずれにしても、キヌレニンにしても、セロトニンにしても、運動自体がうつ病やストレス、そして様々な生活習慣病に効果があるということには変わりはないと言えますので、運動する習慣は大事にしたいところです。