オキシトシンは人類を救うかも

オキシトシンは、人間関係を形成するホルモンです。同時に、オキシトシンは、人間関係の連続体である、『コミュニティ』を形成するホルモンであるともいえます。そんなオキシトシンがひょっとしたら人類を救うかも、というお話です。

オキシトシンが形成する『コミュニティ』とは大小様々で、親子、兄弟、恋人、家族、親戚、友人、近所の人、同級生、同郷の人、人種、宗教、市区町村、都道府県、国家、種族など、または、同じ教育や言語、思想、価値観、利益などを共有する様々な組織や集合体のことです。

オキシトシンは、人と人との関わりの中で生まれる信頼感や安心などを作り出すホルモンです。親子や恋人など、親しい間柄であればあるほど、オキシトシンの効果は色濃く生じ、結びつきも強まります。

人と人との結びつきは、鎖のように連続して繋がっています。例えば、親(A)と子ども(B)とその友達(C)の三者がいる時、AとCはBを介して繋がっています。AとCが顔見知りでお互いが認識しあっている場合、AとCの間にも一定のオキシトシンが分泌される環境が生まれます。こうした人間関係の輪が、大小様々なコミュニティを形成しています。

一方で、信頼感や安心と言ったオキシトシンの生み出す効果とは、自己の置かれたコミュニティと、それ以外とを隔てる『心の壁』を作ることでもあります。

例えば私たちは、顔見知りの人と初めて会う人、同じ言葉を話す人とそうでない人、同じ肌の色の人とそうでない人、前者と後者ではそれぞれ、意識的にしろ無意識にしろ、前者に対しては比較的心を開き、後者に対しては比較的警戒心を強めます。

面白いことに、コミュニティの内外を隔てる心の壁は、人種、民族や国家と言った、大きな規模のコミュニティでも存在します。例えば私たち日本人の多くは、海外の紛争地で多くの外国人が犠牲になったニュースよりも、たった一人の日本人が殺されたニュースのほうに強い憤りを感じ、関心を持つケースが多いのではないでしょうか。

オキシトシンの性質は、コミュニティ内の人々に対しては、温和であり安心感を生み出しますが、コミュニティ外の人やモノに対しては、排他的に働きやすく、コミュニティ外の人やモノに対しては、攻撃性が増します。

友人同士の喧嘩から、国家間の戦争まで大小あれど、異なるコミュニティ同士の争いには、こうしたオキシトシンによるコミュニティの形成が関係しているとも言えます。

日本でも昔は、大名同士が覇権を争っていましたが、これは当時の日本人の最大のコミュニティは「日本という国」だったからです。中国や諸外国の存在はあれど、当時に他国が脅威になるという認識は無く、また、海外の国は遠い遠い存在で、争う対象にはなり得なかったため、日本という国の中だけで争うことが出来たのです。

ところが、江戸時代の鎖国を挟み、幕末のペリーの来航により日本は開国を余儀なくされ、日本人が接するコミュニティは、日本という島国から、「世界の国々」へと拡大します。明治維新以降、日本の国の中では大きな争いは起こらず、代わりに2度の世界大戦を経験しました。

こうして、日本に限らず、人類は自分の属するコミュニティと、そこに接するコミュニティの間で常に争いを起こしており、こうした争いが起こる一つの原因として、コミュニティ間でのオキシトシンの濃度の差が生じることが関係していると考えられます。

もしも、人類同士の争いが無くなるとしたら、それは何か革新的な理念の登場や救世主の到来ではなく、例えば宇宙人の脅威のような、人類と異なるコミュニティの存在が明らかになったときなのかもしれません。

そのとき、オキシトシンが人類をひとつのコミュニティとして結束させてくれるかもしれません。

ふと浮かんだ妄想でした。

photo credit: John6536 Nagasaki- The Peace Statue-2 (license)



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