1980年代にトリプトファンの睡眠導入作用に注目が集まり、トリプトファンを含有する健康食品がアメリカを中心に大ヒットしました。
しかし、程なくしてトリプトファンを含有する製品によって大規模な健康被害(好酸球増加筋肉痛症候群(EMS))が発生し、『トリプトファン事件』と呼ばれています。
目次
トリプトファン事件発生後の流れ
トリプトファン事件は、1988年~89年にかけて、日本のあるメーカーが製造し、アメリカで販売されたトリプトファン製品による食品公害事件で、その被害は死者38人、健康被害者6000人以上と言われる事件で大規模な訴訟にも発展しています。
また、トリプトファン事件は、この製品が遺伝子組み換え技術を用いて精製されていたことから、以後の遺伝子組み換え製品の安全性を問題視する風潮に大きな影響を与え、遺伝子組換え食品の危険性の論拠となっていると言われています。
トリプトファン事件は発生後からつい最近まで、トリプトファン含有製品に遺伝子組み換え技術を使用したことによる不純物の混入が原因であると考えられてきました。
出荷されたトリプトファン製品のうち、特定の不純物を含む製品が出荷された時期と、事件を発生させた製品ロットが一致したこと、動物実験で不純物をラットに与えたところ同様の症状を発症したことなどから、不純物の混入がEMSの発生であるという因果関係を指摘される流れとなり、その後アメリカではトリプトファン製品の販売が禁止となります。
販売禁止後のFDAの新たな見解
トリプトファン製品の販売禁止後の2001年、アメリカの食品を管理する機関であるFDA(アメリカ食品医薬品局-Food and Drug Administration) はトリプトファン製品の販売禁止を緩和するとともに、
現時点ではL-トリプトファンのサプリメントを摂取した人々に発生した大規模健康被害(EMS)が不純物に由来するものなのか、内容物、またはそれらの組み合わせ、さらには未知の要因に由来するのか、特定することが出来ない
※1
という旨のコメントを発表しています。
トリプトファン事件の発生当初、原因とされていたのは、遺伝子組み換え技術により作られた特定の製品に含まれていた不純物だったのですが、その後、他のメーカーの製品でも同様のEMSが発症したことや、遺伝子組み換えを行う・行わないに限らず、症状が発症することなどが分かって来ました。
このことから、当初のEMS発生の原因とされていた、『遺伝子組み換えで生じた不純物が原因である』、とは断定出来なくなりました。
体質が原因説
トリプトファンを大量摂取することによりトリプトファンの代謝物のうちのいくつかがヒスタミンの代謝分解反応を阻害し、さらには視床下部・下垂体・副腎系に不調をもつ人たちがトリプトファンやヒスタミンに対する高い感受性を示し、これらの作用がEMSにつながった。
※2
とする仮説がFDAの元所属メンバーなどにより発表されています。
※1、※2の参照元:Wikipedia:『トリプトファン事件』より
大量摂取が原因説
内藤裕史氏の著書「健康食品中毒百科」(2007年、丸善発行)によると、従来のトリプトファン製品に混入した不純物がトリプトファン事件を引き起こした本当の原因ではなく、トリプトファンの大量摂取がこの健康被害の原因であると結論付けられています。
そして、この『大量摂取が健康被害の原因である』という結論から、いかに安全と言われる食品であっても、過剰摂取や誤った摂取方法によって健康被害や障害が発生する危険性があるということが示唆されます。
※尚、この記事は食品などから自然にトリプトファンを摂取する行為自体が健康被害につながることを特定するものではありません。 過剰な分量、誤った手法で(サプリメント等の)食品を摂取することで健康被害が発生する可能性があるという趣旨のものです。
トリプトファン事件の本当の原因
トリプトファン事件の本当の原因は、これまでに様々なものが考えられてきましたが、公式な結論は出ていません。私は、現在までの研究結果を総合的に評価すると、以下の3つの原因のいくつか、または全部が複合して発生したものと推測するのが有力ではないかと考えています。
- トリプトファンの過剰摂取
- 特定の不純物(何かは確定していない)
- 患者の生理的要因(遺伝子や体質)
トリプトファン事件に関する参考サイト
トリプトファン事件に関しては、様々な意見、憶測、原因説が唱えられています。以下に、トリプトファン事件の参考になりそうなサイトをいくつかピックアップして掲載しておりますので、事件の原因や現在の状況など、更なるご興味のある方は覗いてみてください。
- トリプトファン事件 – Wikipedia
- 意外な結論であったトリプトファン事件の真相が示す健康食品の問題点 – FOOCOM.NET
- トリプトファン事件はまだ有効なのでしょうか – やさしいバイオテクノロジー
- 昭和電工のトリプトファン事件について – 食品安全情報:名古屋生活クラブ
- 健康食品・中毒百科 – amazon(内藤裕史氏著/丸善発行)
トリプトファン事件を教訓に
日本では、2015年より機能性表示食品制度が開始されたことにより、一定のルールを守れば、食品の様々な機能性(「骨を丈夫にする」、「○○を含む」)を表示しても良いことになりました。消費者の中には、こうした機能性表示のある食品をたくさん摂取すればするほど健康になれるのだ、と優良誤認してしまい過剰摂取する人もいます。
行き過ぎた方法での食品摂取が社会全体で起これば、いずれは第二のトリプトファン事件へと繋がるかもしれません。
特に世の中に出回るサプリメントは、健康の効果が定かではないはずのものが、あたかも特定の薬効があるかの如く機能性が表示されたり、そう認識させるようなユーザーレビューを用いて消費者を誘導しているケースが多々あります。
トリプトファン事件がどのような原因で起こったにせよ、私達消費者も、情報に躍らされること無く、また、健康を追求する余りに過剰摂取などに走ることが無いよう、事件を教訓として、食品の摂取の仕方をしっかりと自分で判断出来るようにしなくてはならない時代になっているのではないでしょうか。
photo credit: Charlottesville UVA Hospital (license)